【レポート】製作発表&公開トークセッション
上田岳弘の同名小説を、白井晃の演出で舞台化する『キュー』。その公開イベントが、去る7月に行われた。前半は上田と白井(共に上演台本も手がける)による「稽古0日目:作品を紐解く公開トークセッション」。それを立花徹役の瀬戸康史、渡辺恭子役の有村架純が稽古を受ける立場として傾聴する。後半は瀬戸康史、有村架純も加わっての製作発表。人類のありようを見つめた壮大な物語に挑む、登壇者たちの熱気あふれるトークをお届けする。
<稽古0日目:作品を紐解く公開トークセッション>
――上田さんと白井さんのタッグは、高橋一生さんの一人舞台『2020(ニーゼロニーゼロ)』(22年)に続き2回目です。
上田 『キュー』は僕が一番好き勝手に書いた作品だったので、舞台化のお話を聞いた時はすごく驚きました。本当にできるのかな?と(笑)。
白井 そうですよね(笑)。もともとは『キュー』の舞台化を進めていたのですが、コロナ禍で一旦棚上げとなり、スピンアウトとして上演したのが『2020』でした。僕は高橋一生さんから「白井さん、絶対好きだと思う」と言われて上田さんの作品を読み始めたのですが、『キュー』は理屈で理解するというより悟性に訴えかけてくる、強烈な読後感がありました。小説の書き方としても、いろんな主語が出てきて、最初の方は誰がしゃべっているのか分からないところがあるんですけど。コラージュのように並べられた様々な要素を、観ている側が勝手に想像し、結びつけ、繋いでいく……ということが、舞台演劇には絶対にできると僕は信じているので。お客様には「分かった!」ではなく「感じた!」という形でいいので、この『キュー』の世界観を持ち帰ってもらえたらなと思っています。
上田 執筆当時の9年前より、AIの進化や、世の中の同質性――つまり「みんな同じように生きていてたいした差異なんてないんじゃないかるんじゃないか」という実感が、いろんな人の中で腹落ちしてきているように感じるので。9年前より今の方が分かりやすい作品になっているんじゃないかなと思います。
白井 作中にもAll Thingというキーワードが出てきますが、この物語と自分たちの近接感を強く感じる今、この作品を上演できるのはありがたいことだなと。上田さんはなぜこの作品を書こうと思われたんですか?
上田 よく作家の世界では「デビュー作に全てが詰まっている」と言われるんですが、僕は連載形態や尺、分かりやすさなど、「全て取っ払って好きなように書いたら、どんなものが書けるんだろう」という思いがずっとあって。それが叶ったのが、デビュー4年後の2017年に書き始めた『キュー』だったんです。頭の中にあったものを、一番鮮明かつ詳細に、まずいったん書いてみた、というものだったので、これを具現化していただけると聞いた時は驚きつつも嬉しくて小躍りしまして(笑)。「本当ですか」「できるんですか」なんていまだに思いながら、今この場にいるんです。
白井 この作品は「こういうステップを踏んでいけばできる」という創作過程が見えなくて、それが最高に楽しみです(笑)。想像こそ創作の醍醐味ですし、引かれていないレールを自分たちで作っていくのが、一番楽しいことですから。
上田 『2020』の時は、舞台入りの数日前までディスカッションをしていましたからね。
白井 稽古の3分の2がディスカッションじゃないかっていうぐらいしてました(笑)。
――現在、上演台本はどの程度書き上がっている状況なのでしょうか。
上田 今、第3稿ぐらいです。抽象に陥りがちな僕の作品を、どう具現化するかというところで、今は白井さんの方にターンを持っていただいていて。あと何ターンかあると思うんですけど、かなり見えてきたなと感じています。
白井 第二次世界大戦の敗戦から、いかにして1964年の東京オリンピックに至ったのか。そしてこの先僕らはどこに行くのか。皆が漠然と抱えていたそんな不安が、この作品には詰まっているという印象があって。さらに僕らが生きる現実世界も、この5[葛城1.1][葛城1.2]年で、随分と変わってしまいました。でもそれによってこの物語がより膨らみを持ちそうな気がしますし、実際、そうした要素を上田さんは上演台本にも盛り込んでくださっています。
上田 まさかオリンピックが延期になるなんて、誰も想定していなかったと思うんです。『キュー』もオリンピックは2020年に行われるという内容で書いていて、でも実際には行われなかった。その不思議な感覚はやっぱりあって。「実は2020年にオリンピックが行われた世界があり、今我々がいるのは間違った方のパラレルワールドなんじゃないか」と言われたら、「そうかもしれない」と思う人、結構いると思うんですね。そういう感覚も含めて、お客様に持って帰ってもらえるものを作れたらと思っています。
――上田さんはもともと演劇がお好きだったそうですね。
上田 作家になろうと思った時、全作コンプリートして読んだものの中にシェイクスピアがあったんです。シェイクスピアって、1対1のミクロの関係ではかなりおかしいことを言っているのに、宇宙的なマクロの視点で見ると正しそうに感じられる。その感覚がすごく好きで、そこからいろんな舞台を見るようになりました。白井さん演出の『マーキュリー・ファー』(15年)は衝撃でしたし、現代作家が書くものもすごく面白いなと気づけた、一つのきっかけにもなりました。
白井 あの頃はシリアの内戦があった時期で、劇場の内と外が地続きになっている感覚がありました。そのように感じられることが、演劇の意義だと僕は思っていて……なぜこんなにも『キュー』を演劇のフィールドに呼び込みたいのかというのも(笑)、それが理由なんですよね。混沌としたこの世界で、私たちはどこに向かうんだろう。AIがこれからどんどん発展していく中で、僕たちの思考はどうなっていくんだろう、何を選んでいくんだろう。そういった僕たちが今抱えている思いが、『キュー』の中にはある。初めて読んだ時、「出会えた!」という喜びがすごく大きかったです。
上田 ありがとうございます。
<製作発表会>
――ここからは瀬戸康史さん、有村架純さんにも加わっていただきます。
瀬戸 僕は作品を選ぶ時、自分の演じる姿が見えないものの方がワクワクするのですが、この作品はまさにそう。先ほど、上田さんが好き勝手に書いたとおっしゃって、「そういうことか」と腑に落ちましたし、であれば、分からないことがあってもいいというか……(笑)。稽古を終えた時に分かるようになったり、分かっていたと思っていたところが違う見え方になったりするのも面白いんじゃないかなと思いました。
有村 私も、分からないことは分からないって正直に言ってもいいのかなと思いました(笑)。頭脳派のお二人が作られる作品ということで、私のIQがついていけるか不安ですけど(笑)、素直に手を挙げて声を出していきたいと思います。白井さんとは『ジャンヌ・ダルク』(14年)でご一緒しましたが、お稽古が大好きな方で(笑)。とてもロマンティストでアーティスティックな面もあり、白井さんならではの世界観を体現されているという印象です。今回も白井ワールドに染まっていきたいと思います。
白井 確かに、日常でぐったりしていても稽古場に行くと元気になるタイプではあります(笑)。僕は「あまちゃん」(13年)に出ている有村さんを見て、「舞台をやれるんじゃないか」と勝手に想像し、『ジャンヌ・ダルク』にお誘いしたんですけど。最初にお話しした時の有村さんの純粋な目が忘れられないんですが、表現者としてこうなっていきたいという静かな意志を感じたんですね。重たい鎧を着て走り回って、本当に大変だったと思うんですけど、歯を食い縛りながら寡黙に頑張っている姿が、実に感動的でした。もう10年以上前になりますが、こうして再び出会えて、しかも僕にとって思い入れのあるこの作品でご一緒していただけるのはすごく嬉しいです。
上田 今、皆さんのお話を聞きながら、この舞台はいろんな縁が繋がって成立しているんだなと改めて感じ、感銘を受けました。僕は『マーキュリー・ファー』を拝見しましたが、役者の皆さんがそこで本当に息づいていると感じられる舞台だったので、しばらくは瀬戸さんのことも役としてしか見られなくて(笑)。今も隣で佇まいを見て、「これは間違いなく立花徹だな」と感じています。
瀬戸 褒め言葉のようでもあり、プレッシャーのようでもあり(苦笑)。
上田 最初に企画が上がった時から、白井さんは「立花徹役は絶対絶対瀬戸康史」とおっしゃっていたので、実現して嬉しいです。
瀬戸 嬉しい。ありがたいです。
上田 お二人の出演が決まってから、台本を書くのにもすごく筆がのって。というのも、セリフがお二人の声で聞こえてきて、そうなると台本の語尾の感じや、句読点の位置などがやはり変わってくるんです。面白い体験でしたね。
――台本は現在第3稿とのことですが、この先どのぐらい変わりそうですか。
白井 最終稿は8稿かなと。
瀬戸 じゃあ、まだかなり変わるってことですね。
上田 結構変わるんです。
白井 マイナーチェンジも含めて数えるとそのぐらいになるかなと。今、上田さんがお二人の声が聞こえてくるとおっしゃいましたが、確かに小説の言葉と台本の言葉では、同じシーンでも喋り方が違っていて。「こんなに変わるんだ」と思っていたんですが、お話を聞いて「そういうことだったんだ」と納得しました。
上田 筆が進むと表現しましたが、どちらかというと、「焦点が合ってくる」という感じですね。小説や台本を書いている時とは全然違っていて、こういった経験ができること自体、恵まれているなと思います。
――瀬戸さん、有村さん、現段階の台本を読んだ印象は。
瀬戸 言いたいことはとてもシンプルなんだな、というのが率直な感想です。もちろん、まだ稽古前で全てが理解できているわけではないですけど。自分の中では「こういうことなんだな」というものはなんとなくあって、それは昔から自分が思っていたようなことでもありました。僕は絵を描くのが好きなんですが、いろんな想像を膨らませながら描いていると、「生きているな」と実感するんです。演劇も似たところがあって、何もないところにテープが貼られ、「ここにタンスがありますよ」「ドアがありますよ」とみんなで想像するところから、だんだんと形になってくる。「ああ、生きているな」と思うことで、“自分”というものがくっきりしてくる。そんなことが、現時点で僕がこの『キュー』から感じたことです。
有村 私は、第二次世界大戦が自分の中に入っている渡辺恭子という役を中心に、過去・現在・未来を行き来する人物を演じるんですけれど。今、私たちが生きているこの現状は過去の人たちが残してくれたもので、我々はその道標に沿って、生活し、発展し、いろんなことを動かして生きていると思うんです。でも、やっぱり人間というものは、頭脳があって感情があって、欲望だったりプライドだったり、いろんなものによって戦争を呼び起こしてしまう。そうやって同じことを繰り返すけれど、時間は進んでいるから、AIが進歩して、今度はロボット戦争が起きるんじゃないかという懸念も生まれてくる。何と言ったらいいか難しいですが……時間が止まっているような、何も変わっていないような、だけどすごいスピードで進んでいる……そんな矛盾した世界が、この『キュー』には込められている気がしています。
――上田さん、頷いていらっしゃいましたね。
上田 テクノロジーの進歩に人間が置いていかれると感じている人は、すごく多いと思います。そういった思いがどこまで届くだろうかと、チャレンジの気持ちで書いた作品でもあったので、そのような感覚を一生懸命言葉にしてくださって、嬉しいです。
白井 先ほど有村さんが「分からないことは分からないでいい」とおっしゃいましたが、本当にその通りで。僕も分からないことは上田さんに聞いていますし(笑)、俳優の皆さんにもそうやってコミュニケーションをとりながら、作品づくりを楽しんでいただけたらと思っています。役の作り方って、役に自分が近づいていく、あるいは、自分の中にある役の要素を見つけていく、二つの方向性があると思いますが、僕は後者の方を探ってほしいと思っていて。渡辺恭子が有村架純に見える。立花徹が瀬戸康史に見える。それこそが役者の存在価値だと僕は感じているので、そのような作業を試みていただけたら嬉しいです。
撮影: 遠山高広
文:羽成奈穂子
【一般チケット】
・チケットぴあ:https://w.pia.jp/t/the-9/
・e+(イープラス):https://eplus.jp/the-9/
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